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札幌家庭裁判所 昭和37年(家)46号 審判

申立人(大谷政一(仮名)の遺言執行者) 今井市郎(仮名)

事件本人 板村ハル(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

一  本件申立の要旨

申立人は、「事件本人が大谷政一の推定相続人たることを廃除する。」旨の審判を求め、その理由として次のとおり述べた。

(一)  事件本人は本籍札幌市北一条東八丁目九番地大谷政一と亡イシとの間の二女として、大正六年七月二〇日出生した嫡出子であるが、その父大谷政一は、昭和三六年二月四日札幌法務局所属公証人室谷慶一作成の第二万千六百四十一号遺言公正証書をもつて、別紙理由に基き事件本人を推定相続人から廃除する旨の遺言をなし、その遺言執行者を申立人に指定したところ、右政一は同年四月二〇日死亡したので、右遺言が効力を生じたものである。

(二)  そして、前記遺言書に記載する廃除理由を敷衍すれば、次のとおりである。

(イ)  事件本人は被相続人夫婦から洋服仕立のため依頼された洋服布地を他に売却処分したり、大きな柳こうり二個に詰めてあつた被相続人所有の洋服布地を窃取し、これを他に売却したため、被相続人からその都度叱責されたが、事件本人には反省の色もなく、かえつて反抗的態度に出たことは事件本人に著しい不行跡があつたことになる。

(ロ)  事件本人が、被相続人に何らの通知もせず、勝手に素行芳しくない洋服職人板村某と婚姻したことは被相続人に侮辱を与えたものである。

(ハ)  事件本人は家出以来二十有余年間、被相続人の住居に全く寄りつかず又音信不通で、被相続人が昭和三四年六月頃から心臓病を患つているのを承知し乍ら、一回も病気見舞にも来ず、もつて被相続人を遺棄したものである。

以上の次第であるから申立人は被相続人の遺言執行者として本件申立に及んだというにある。

二  当裁判所の判断

申立の要旨(一)記載の事実は、本件記録編綴の戸籍抄本及び除籍抄本各二通並びに札幌法務局所属公証人室谷慶一作成の第二万千六百四十一号遺言公正証書謄本により認められ、該事実と当庁家庭裁判所調査官山崎修作成の調査報告書の記載及び板村ハル、宮井茂夫、木原カズ、大谷実の各審問の結果を綜合すると、次のような事情が認められる。

すなわち、被相続人は事件本人が三歳位のとき妻イシと死別し、間もなく宮井ハナコと再婚したが、当時は隠居の被相続人の父金蔵その妻サヨ、事件本人及び被相続人の弟妹等合計一一人と同居し札幌市内で製麺業を営んでいた。ところが、右母サヨが死亡後金蔵が後妻を迎える等して右ハナコとの対人関係が思わしくなくなつたのに加え、事件本人とハナコとの間もいわゆる継子いじめと、これに対する反抗との葛藤がたえなかつた。そんなことから、金蔵は被相続人とは別居し事件本人も一二歳の頃祖父金蔵に引取られて生活するようになつた。そして事件本人は高小卒業後技芸学校を修了し、傍ら学校の余暇を見ては女工として被相続人の製麺業を手伝つたが、祖父の病状が悪化してから同人が昭和一一年八月二日死亡するまでの約一年間はその看病に過した。

祖父死亡後事件本人は、被相続人等の勧めで洋服屋に住込奉公に出たが、昭和一一年叔母林サトとその夫三郎の仲人で洋服職人板村貞一と恋愛結婚し、その結婚費用は事件本人等で負担して被相続人の援助を得なかつたが、式には被相続人及びハナコも出席した

そして戦時中被相続人宅には同人夫婦が買溜めた洋服布地がこうり一個分位あつたのを、結婚後同宅に出入りしていた前記板村貞一がその加工を請負つたまま、これを他に売却処分してしまつたことはあつたが、事件本人がこれに加担したという資料はない。

更に、事件本人は昭和一八年夫貞一が応召後、子供を抱えて輪西で飯場の御飯炊きを手伝つていたが、昭和二四年夫復員後は札幌に戻り叔父大谷実の工場の一部に寄寓した。その頃、被相続人は右実を通じて、前記ハナコに内密で事件本人に二、三度小遣を与えたりしたこともあつた。その後、事件本人は昭和二五年には社宅に移り同二九年九月頃現住所地に転居したが、その間の自己の消息を積極的に被相続人に連絡するようなことはしなかつた。けれども口こそ聞かなかつたが、昭和三三年前記実宅で仏壇の入魂式の際、被相続人とハナコに出会したこともあつたし、また、昭和三五年二月一一日夫貞一死亡の際、被相続人はハナコと口論の末同人に隠れて香奠金三千円を事件本人に届けたりしたこともあつて、被相続人には事件本人の動静が親戚の者を通じて判つていたようであつた。その後、事件本人は被相続人が病気でいることを聞知したが、死ぬ程悪いと思わなかつたので生前見舞をしなかつた。

かように被相続人と事件本人とは前記別居以来十分話合う機会を持たなかつたが、これは事件本人が被相続人と同居当時、被相続人とハナコが事ある毎に事件本人のことから夫婦喧嘩を始めるので、被相続人においては心ひそかに苦労している事件本人を不憫に思い、時にはハナコに内密で事件本人に金銭を与え、又一方事件本人においても被相続人の立場を思いやり、できるだけ同人に逢うことを避けたためと、事件本人とハナコとが互に好感情を持たなかつたのでハナコが居る限り実家に出入りしにくかつたことによること、等の事情が認められる。大谷ハナコ及び今井市郎の各審問の結果中右認定とていしよくする部分は前顕資料に照してにわかに措信しない。

そして、以上認定した事情のもとにおいては、(一)事件本人の結婚につき被相続人が心から賛意を表したとはいえないにしても、兎も角その結婚式に出席し、対外的には結婚に同意を与えたものと認められること、(二)布地横流し等の件についてはその証拠もなく、また、(三)被相続人との仲が一見疎遠にみえたのも前認定のような事情に基くものであつてみれば、(できれば被相続人の生前、両者がその調整に努力すべきことであつたが、)直ちに事件本人が経済的に優位に立つ被相続人を遺棄したものということはできない。

そうだとすれば、事件本人には、民法第八九二条にいわゆる「被相続人に対して虐待し、もしくはこれに重大な侮辱を加えたとき又は推定相続人にその他の著しい非行があつた」ものと認める事情は存しないというべきである。

よつて、本件申立は理由がないので却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 寺沢光子)

別紙

遺言書廃除理由

一 相続人廃除

遺言者は先妻の長女板村ハル(大正六年七月二〇日生)は二〇年前から、しばしば両親の意に反する行為があつたため父親より強くたしなめられたところ、これに反抗し忽然家を去り所在をくらまし爾来音信も消息を断ち二十幾星霜を経過する今日なお所在を求むるも今だに判明せず結局被相続人を遺棄したものである。風の便りによれば板村某の男性と同棲したことと洩れ聞くが真相はつまびらかならず、よつて同人の相続人たることを廃除する。

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